3月11日、最初にユサユサときたときは、やや大きめの地震?と思っていたが、すぐに揺れが激しくなり、無意識のうちに「倒れたら、後片付けが最も面倒」と思われる本棚にしがみついた。後半、揺れはピークに達し、テーブルの上のコーヒーが激しく波打ち、ベランダのカメさん水槽が激しく波打つのを見ながらも何もできなかったのを覚えている。プラズマテレビは車輪をロックしていたのに1メートル近く動き、隣の部屋では棚の上から鉄道模型のジオラマが飛び出し、床にたたきつけられていた。ハムスターのケージは棚から落下したが、ハムくんは無事だった。すぐに家族に電話したが、不通。すぐにパソコンを立ち上げて妻の予定表を見て、子供の学校の音楽会で二人して学校にいることを知り、少し安堵。それから自分の実家と妻の実家に電話をいれ、何回かツーツーツーとなるもののなんとか連絡を取って安全を確認。
クルマで子供と妻を学校から救出して帰ると、つけたテレビでとてつもない津波のニュース。正直、息を飲んだ。この感覚は2001年のあの同時多発テロの時以来。さらになにかとんでもないことがおきそうな予感。
その予感は福島第一の原発事故で的中。東電や原子力安全・保安院の発表が小出しで遅く、米国の原子力規制委員会の根拠のない、悪意に満ちた風評発言に起因する、情報の混乱。
比較的年配の方々からの、ありえなさそうな国家陰謀説のいろいろなバージョンがメールや電話で飛んでくる。英字新聞など読めもしないのに、見出しだけ見てアメリカは4号炉が危険だと言っているとか(その後、それを言い出した原子力規制委員会はそれを否定)騒いだり、菅首相のトモダチのトモダチから聞いたという2号炉危機説の他、いろいろ。
放射線量にしても、みなさん年に1度人間ドックにいってその数十倍もの放射線を浴びて、どろどろの液体を飲まされて下剤もらって帰ってくるのに、急に普段の数十倍飛んできた、とかもうかわいいくらいの大騒ぎ。おまけに具合が悪くなったと言い出す方まで出現。急に寒くなったので風邪でもひいたと思うのだけど。
年寄りはもうあとは余生を楽しむだけだからいいかもしれないけど、こちらは日々の生活もあるし、いい加減にしてほしいと、最近思い始めた。
